農の会の「自給祭」の楽しさ

   


音楽の舞台の準備中

 農の会の自給祭を終わった。大勢の方が来てくれた。農の会らしい良い自給祭だった。86人の参加だったと書かれていた。農の会全体の参加者を考えると来ている人の方がだいぶ少ないと感じる。やはり総勢200人ぐらいの会なのではないだろうか。

 人が多ければよいという事ではないが、近しい気持ちの人がこうして年に一度集う事が出来るという事は素晴らしいと思う。自給祭は名前の通り、農の会の「地場・旬・自給」の祭りである。地域主義、化石燃料を出来る限り使わない、自分の食べるものを作る。

 具体的に言えば、美味しいものを持ち寄って食べるという事である。小麦部会では、神戸さんにパンを焼いてもらい、みんなに食べてもらう事が出来た。神戸さんがパン屋さんを開き、小麦部関係者のパン屋さんは4軒目である。

 農の会の関係者で昨年の新規就農者は2名だったそうだ。毎年新規に農家になる人がいる。少しづつ活動が定着し、広がっていることを感じる。広がってほぼ遠くにいる人は、農の会のこともよくは知らないのだと思う。それが農の会の良いところだと思う。

 自給祭は農の会の窓なのだ。分かりにくい農の会のことを覗いてもらえる機会である。農の会がどんな会であるかはその人の切り取る断面である。いろいろに見えるだろう。それが一番良いところだと思う。多様であるから、新規就農を目指す人もいれば、パン屋さんになる人もいる。もちろん、美味しいものが食べたいだけという人もいる。
 今回の御馳走は穂田さんのイノシシだった。穂田さんは4月から今までに76頭も猟をしていると言われていた。そのイノシシを伊藤シェフが絶品の料理にしてくれた。何日も仕込みに時間をかけたそうだ。私の3年物の醤油を使ってくれた。これは実に上品なかつて食べたことのない料理だった。
 穂田さんによると、小田原にもジビエのための捌いてくれる場所が出来たという事である。小田原では4月から500頭を超える量が行われているが、減っているわけではないという事だ。何とか猟が採算がとれるようになってもらいたいものだ。これこそ自給である。

 農の会はさまざまであるからこそ、加わりやすい組織になる。これは農の会を始めたころからの形である。お茶会をやったこともある。農の会らしく、抹茶から器まで作るお茶会である。作品を持ち寄った展覧会もやった。これはなかなかレベルの高い展覧会であった。それぞれの分野で活動している人が、農の会という枠でたまたま、作品を持ち寄った。

 今年も私は「でん田楽団」で参加させてもらった。音楽をやるのも伝統である。様々な人が参加した、チンドングループの参加もあった。大掛かりな劇をやったこともある。フラダンスは圧巻であった。音楽は農の会らしい活動である。暮らしを高めるという事ではないだろうか。

 それぞれがその時のめぐりあわせで集まり、何かをパフォーマンスする。これが良い。私も今年はパフォーマンスできた。つまり、表現しつくした。出来得る限りの表現をする。外に表すことは大事だと思っている。絵を描くのも同じことである。外に表さない限り、自覚が出来ない。そう思っている。

 

 たぶんなぜ農の会で劇をやったり、歌を唄ったりするのかと思うだろうが、昔の村祭りである。百姓仕事に精一杯働き、一年の実りに感謝して、大いに盛り上がる。これこそ素晴らしいことだと思う。楽しい農業とはこういうものだと思う。

 人間をやり尽くすという事こそ、面白い。人間として生きる充実である。みっともなくていい。恥をかいていい。自分を出すことをしなければ一歩先がない。最初は恥ずかしいのだけれど、やっている内に自分を外に広げてしまう愉快を感じる。

 三線はかなり稽古をしている。手先を使い大きな声を出す。これは生きるエネルギーの増幅のようなものだ。なかなか上手にはならないのだが、自分らしく弾いて唄える楽しさがある。しかも、自給祭で聞いてもらえるという最高の楽しみがある。

 でん田楽団のメンバーは音楽を長くしてきた人たちだ。私が加えてもらえているのは、全くの恩情である。何とか教えてもらいながら、足を引っ張りながらやらしてもらっている。私としては下手でも唄うという事が大切だという事を、みんなにわかってもらいたいと思っている。

 石垣に戻り、努力をしたい。みんなの邪魔にならないように頑張りたい。今回一番苦労したのが、チューニングであった。タブレットで音合わせをしたのだが、なかなか表示が出ないで時間がかかり過ぎた。素早く音合わせが出来るように練習したい。

 良かったのは、楽しみにしてくれている人がいたことだ。おせいじかもしれないが、笹村さんの歌を又聞きたかった。又聞けて良かった。ぜひほかでも歌ってほしいとまで言ってくれた人がいた。まさかのことである。これはかつてない不思議な喜びである。もしいくらかでも、農の会の平和の希求が伝われば、これ以上の喜びはない。
 以前、水彩人の集まりで歌ったことがある。その時に、笹村さんの歌は絵と一緒だと言われた。喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないのだが、つまりへたくそという事である。下手も絵の内である。下手だけどそのままでいいというのが私である。
 農の会がこの先どうなるかはわからない。ただ、ここで実現した様々に試行錯誤したやり方は、どこでも参考になるのかと思っている。どうやれば志の似ている人が集まれるのか。どうやれば、みんな違う人が仲良くやれるのか。どんどん農の会は新しい形になっていくのだろう。
 来れる間は小田原に来て、手伝わせてもらいたい。今回は1か月間小田原にいたのだが、毎日身体を動かし、気分爽快だった。フィットビットで1万歩から2万歩である。みんなから元気そうだと言ってもらえた。

 - あしがら農の会