石垣島で台湾を歩く
「石垣島で台湾を歩く」ーーもう一つの沖縄ガイドーー沖縄タイムス社の本である。台湾と石垣島の間には2008年までは定期航路があった。この定期船で気軽に行き来をしていたという。石垣の人たちにとって、台湾という都会へ行く楽しみであったようだ。この10年で石垣島は変化したと島の人は言われる。急速に都会化した。おいしいものを食べに台湾に行く。台湾の遊園地に行く。台湾に買い物に行く。そんな楽しみが台湾にはあったという。今は季節航空路線がある。私も一度台湾に行きたいと思っている。パスポートがないので、今度申請しようと思っている。パスポートの申請は石垣市役所で出来る。歩いて5分もかからないところで、パスポートまで申請できる有難さ。以前、小田原でパスポート申請をしたときは、横浜まで1時間半かけて2回行かなければならなかった。定期航路がなくなったのは残念だが、それは那覇や東京への航路がなくなったのと同じである。石垣と台湾の関係はいろいろ考える上でとても大切なことだと思っていた。
さすがに沖縄タイムスだ。よい視点の本を出している。世界から見た石垣島の地勢的魅力である。「視野は世界に、視点は郷土。」那覇に行くのも1時間。台湾に行くのも1時間。石垣の中山市長が台湾のナイトクラブでいかがわしい写真を撮られてゆすられたのは、石垣に来てみると状況がわかる。石垣にはナイトクラブはないようだ。1960年に台湾に生まれて小学校6年まで台湾育ちの人が、西表の中学に来た話が出ている。日本語がわからなかったそうだ。西表では周りの人が助けてくれて、いじめなど全くなかったそうだ。うまく日本に溶け込めて、八重山高校の時に日本に帰化した。という話が出ている。石垣には台湾の人への感謝の気持ちがある。パイナップルも、竹富島の水牛車も台湾から来たものだ。沖縄が日本でない時代の、台湾との関係を考えてみる必要がある。沖縄には日本に行くのも台湾へ行くのも、パスポートが必要な時代があった。さらにその前には、どちらにもパスポートのいらない時代もあった。
中国の習近平氏は1月2日特別声明として、台湾を中国に統一するためには武力も辞さないということを発言した。台湾は一国として独立したままの方がいい。中国に編入される筋合いはない。台湾には犬がいなくなったら豚が来たという話があるそうだ。犬が日本で、豚が中国である。犬の方が豚よりは良かったという経験である。中国人は勢力の強い人たちだ。貪欲で世界中で根を張り生きてゆける。日本人の中に潜在的には中国人コンプレックスがあるのではないか。少し早く近代化した日本は居丈高になり突っ張った。西洋の植民地主義から大東亜を救済するというような妙な思想を持った原因ではないか。変に中国人を軽視するところがある。それは、中国からあらゆるものを学んで国づくりをした、日本という国家のコンプレックスではないだろうか。その辺をうまく対応した事例が、江戸幕府だと思う。敬して遠ざけることで良い関係を作った。
台湾と石垣の関係を探ることは、次の時代の日本のアジアとの関係を考えることになる。拙速に日本は移民政策を進めている。日本本土には石垣のように受け入れる状況が整っていない。それは社会保障制度というようなものもあるが、それ以上に、受け入れ側の気持ちである。分断が強まっている日本社会に、移民労働者という別枠の人々が加わる。差別された弱いものはさらに弱いものを圧迫する。移民してくる人たちの立場の弱さを考えると、危険な状況が生まれる不安が大きい。気持ちの悪い社会が待っている。すでに、日本の研修労働者では問題が深刻である。直接話したこともある。このよくない状況がさらに悪くなりながら拡大される可能性がある。労働者不足の緊急対応というが、日本社会の中に眠れる労働者をそのままにしておいての話だ。苦しくとも方角を間違えてはだめだ。習近平中国も同じではないだろうか。アメリカとの経済戦争で苦しいから、目をそらそうとして台湾問題を出したとおもわれる。