核廃棄物最終処分場のやらせ
原発の高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を最終処分する候補地選定に向け、経済産業省と原子力発電環境整備機構(NUMO)が住民向け説明会を開催している。高い見返りを示し、希望する処分場候補地を募っていたが、名乗り出る自治体が一つもなかった。その為に核廃棄物は原子力発電所に、そのまま保管されたままになっている。これがすでに満杯になりつつある。福島原発事故で分かるように、この保管している核廃棄物が原発事故の危険性を高める結果になっている。管理上の問題からも、地下の安全な場所に格納したいというのが、政府の考えである。しかし、その地下保管も安全とは言い切れないところがあり、現代の科学的知見では予見不可能と科学会議の専門家から指摘されている。そこで政府は強制的に処分予定地を決め酔おうとしている。その前段として、全国の地学的条件として、安定して処分できるだろうという場所を説明して行くという事だ。自分たちの行った間違った政策の付けを、どこかの過疎地に押し付けようという算段である。
処分の方法が決まらないのに、ごみだけは出すという事では普通の工場では認可されない。政府肝いりの原子力発電による核のごみだから、暫定的な形で先の見えないまま続けられてきた。今もまた東海第2原発の40年経過路が再稼働が行われようとしている。最終処分場の住民説明会には人を集めなければならない。住民説明会は行い十分な説明をしたという、証拠固めをしたいという事なのだろう。形式を踏んだうえで、特定の場所が政治的に決められ、例えば説明会に多く人が集まった場所にでも押し付けられるに違いない。そんな不当がまた予測される、安全性の説明会に出てみようと思う人はよほどの少数派だ。政府の意見交換会というものは住民の意見を聞いて、取りやめるという選択肢など初めから無いものだ。意見を交換したという形を残し、問答無用で行ったわけではないという証拠固めになるに違いない。これにのこのこ出かけてゆくというのは、見通しの悪い人間である。人の多く集まった地域に決まりかねないような悪い結果が予測される。
そのとんでもない意見交換会とやらに、学生にお金が渡され動員をかけられていたというのだ。1万円もらえるから出ませんかと呼びかけたという事である。お金は渡されていないと誤魔化しているが、信じがたいことである。まったく原子力行政は変わらない。嘘とでっちあげで住民を騙そうという体質である。説明会阻止などと言うと、話も聞かないのかという事になる。そもそも安全性が疑問視されている核廃棄物の未来永劫の埋蔵地となるのだ。どれほどの交換条件があろうと、喜ぶ地域があろう訳がない。以前日本政府は核廃棄物を南太平洋沈めようと計画して、貧しい国ならお金で引き受けるとでも考えているのかと、怒りの拒絶にあったことがある。日本という国の地質は、プレートのぶつかり合うことで盛り上がったしわの様な特殊な不安定な場所にある。大地震を何度も経験した。大噴火で全滅を経験した悲しい災害列島である。その上に日本は人口密度の高い国である。何処にも人のいない地域などない。安全の為に一定の距離を離れるという事すらできない。核最終処分場が出来れば、間違いなくその地域は人の住まない場所になる。国土を処分したようなことになる。
日本は災害列島ではあるが、美しい国土と豊かな自然環境の国柄である。この厳しい環境の中で日本人は成長をしてきた。原子力発電には不向きな国なのだ。しかも、福島原発事故という日本民族最悪の人災を経験した。この状況でも原子力発電にしがみ付き、40年で寿命が来た原発をさらに使おうという、悪魔のような選択をする政府である。しかし、自然エネルギーは豊かである。自然エネルギー先進国になる条件はある。東海第二発電所は日本原電の発電所である。日本原電は政府の発電所と言ってもよい。何の収入もないが、会社が存続されている。40年という寿命が尽きた発電所を再稼働するのは、国民をさらに欺くことになる。日本原電は発電を現在していないが、465億円の黒字会社という不思議である。これはまわりまわって国民が払わされているものだ。東海第2を再稼働させる前に、核廃棄物の処理の決着を付けねばならない。