管路収集システムの崩壊
ゴミの管路収集システムは夢のゴミ処理法と言う事で、70年代多摩ニュータウンでなどで設置された。90年代に入って資源ごみの再利用などを目的とした分別が始まると、投下されるごみは減少。分別のための収集車も復活した。処理量は計画の約7分の1の1日約8トンにとどまり、排出者からの料金では運営費(年間約1億円)が賄えなくなり、2005年に運用をやめ、収集車が回収している。これが今撤去費用も捻出出来ない無用の長物になっている。日本の行政に長期的な視野がないという典型的な例だろう。建築物では作ったものの半分くらいは、作らなければ良かったようなものだ。森林の長期展望の間違いほど、日本の国土を荒らしたものはない。私の小学生のころは、緑の羽根というのを、学校で買わされた。子供からまでお金を集めて、花粉症で迷惑ぐらいで終わったのだから、恐ろしい。
小田原のゴミ問題は何の進展もない。さすがにしつこい私も、最近は担当を尋ねていない。何故、西湘広域ゴミ処理計画が明確化されないか。これは小澤市長の政治的判断だと思う。大井町ではゴミ問題で町長が交代した。山北でもゴミの事で、町長が交代した。全国ではゴミ問題で市長が交代するというのは、普通の事のようにある。来年の市長選の争点にごみ処理広域化問題が浮上する事を恐れている。小田原にゴミを集めて処理するという、考え方を基本にして計画は進んでいた。アンケート結果という形で、新聞に提灯記事も出した。しかし、これがただではすまない、ことにさすがに気付いたのだ。例えば、箱根の旅館の出す膨大なゴミを、何故小田原で燃やさなければ成らないのか。湯河原から、あの細い道路をどうやって、ゴミを搬送するんだ。いくらでも火種がある。
市長の「ちょっと待て」が入ったと思う。何一つ明確にしないまま、一年が過ぎた。県の環境部を確認したところ、曖昧な返事ではあるが、早く広域処理計画を出すうように要請されていることは事実だ。期限はこの3月一杯だった。しかし、何も決まらない、と表向きは言っているこんな状況で、何を3月に出してしまうのだろう。これで出してしまうのが今までの小田原の行政手法だ。それをただの一人の市会議員もチェックしていない。もう市会議員は4月の選挙で手一杯で、それどころじゃない。3月の予算審議の議会では、止めた筈の城下町サミットは復活する。設計も出ていない城下町ホールの予算だけは出ている。こんな状況を市議会はどうする。
ゴミは大きい事はいいことじゃない。小さい処理ほど、減量できる。管路収集システムの崩壊はゴミを幾らでも出させようとした事にある。ゴミが増えなければ採算が取れない。予定の7分の1しかゴミが出なかったそうだ。それでよかったが、それで崩壊した。同じ事が、溶融炉だ。連続燃焼の必要から、ゴミを集める事になる。しかし溶融炉が国の方針だ。いや、業界の方針だ。市町村の合併がある。これも、市長交代の火種。広域化して、良いこと。悪いこと。これをきちっと分析すべきだ。国の補助金に目がくらんで、見失ってはならない。小さい集落の持つ誇りこれが消えてしまうような合併は最悪だ。ゴミ処理が小さい町ほど理想的に出来るのは、いくらでも事例がある。大きくして見えなくなれば、人間いい加減になる。それにしても小田原市役所は何をしているのだろう。やっぱり行ってこないといけない。