8月の自給作業
青ヶ島の斜面 10号 牛に食べさせる笹が生えていた。
田んぼでは稲の子供の穂が茎の中でぐんぐん成長している。分げつも最高期を迎え、田んぼの中はワサワサしている感じだ。この時期の田んぼは間断灌水をする。稲は生育のどの段階よりも、一段と水を必要としている。夏の日差しに音を立てるように、立ち上がった葉を精一杯空に延ばして、水を蒸散している。暑さをを立ち上がった葉で利用しているのだろう。油断しているとあっという間に水分を吸い上げ切ってしまうことがある。土をひび割れるほど乾かしてはならない。この間断灌水という状態は、根に対して水圧の変化で信号を送っているのではないだろうか。そろそろ水のある季節は終わりが近付いていますよ。穂を実らせる季節が来ていますよ。稲はこれに答えて、どの茎も扁平だったものが、満丸に変わり始める。そして根を土中深くしっかりと張り始める。この時一本植えで、しっかりと開帳型に広がった株の太い茎は大きな穂を育ててくれる。自然の稲作の本領発揮の季節である。土を固めて倒さず、しかし、水は十分にある。この矛盾した状態をどう乗り越えるかが課題。
8月までに草が残っているようでは、良い稲作にはならない。水田雑草はこの時期まで残っていれば、稲が必要とする養分を奪ってゆく。自然栽培では少ない養分を有効に使わなくてはならない。雑草はなければないに越したことはない。100本の草を取れば、0、1%の収量が増える。1万本の草を取れば、1割収量が増える。稲は雑草にさえぎられることなく、本来の力を発揮することになる。草があるのが自然だ等考えるの人は、稲の生育を愛情を持って見ていないのではないだろうか。田車をかけた翌朝の感謝に満ちた稲の表情を見れば、分ることだ。7月の暑い中での草取りを終わった田んぼの稲が、どれほど安堵の表情を浮かべているのか、良く見れば分ることだ。植物にはほかの植物と共存できる物もあれば、稲のように自分達だけでいた方が良いというものもある。昔の人が、どれほど腰が曲がっても田んぼに入り続けたことは、稲の願いを知って、答えないわけにはいかなかったのだ。
8月は大豆の草取りだ。これも苦しい作業だ。苦しいがやってやらなければ収穫は望めない。それでも早朝の、いくらか涼しい内の作業は気持ちが良い。いつの間にか暑くなって汗だくになってしまうのだが、それでも振り返ってみる、草取りの終わった大豆たちの、夏の日差しに緑色の良さを深めた姿を見れば、もう一息頑張ろうという気持ちになる。遅れて可哀そうな大豆の株もあれば、ますます元気を増しているものもある。トマトやナスは失敗気味であるが、トオモロコシと枝豆は毎日食べ続けている。これさえあればという勢いで食べている。これからの作業は、ブロッコリーとキャベツの種まきである。良く耕して、雑草を抑え、種を播く。これが上手く行けば春から夏までの半年間食べることができる。夏に播くキャベツやブロッコリーは案外に虫にやられない。
今年は、9月に入ったらにタマネギの種まきをやりたい。その為の準備を八月中に行う。ビニールで土を覆い、雑草の種を熱で抑えてしまう実験をやってみたい。タマネギがどうしても草負けするので、これを乗り切るための工夫ガいると考えている。今年は少し面積を狭くして、その分蜜に植えてみるつもりだ。現在空いている畑の部分は一番下だけなので、そこを今日にでも耕し、ビニールで覆って見る。まず草刈りということになるか。暑いので作業がなかなか進まないでいる。