民主主義と象徴天皇制
本来、民主主義国家に象徴としての君主制はおかしい。天皇が存在することは、矛盾した形だ。良いことではない。一日も早く止めるべき事だ。矛盾した形ではあるが、英国でも同じ形なので、日本でも可能と言うことで、日本の戦後社会は形成された。結論を先に書くのだが、天皇制は徐々に尻つぼみして無くなるのが良いと考えている。
天皇制は必ずなくなる、夢物語ではなく、天皇制において女性天皇の禁止を掲げた現行のまま行けば、遠からず天皇はなくなるわけで、それが一番望ましい形だと考えている。何故天皇制がこんな歪んだ形になったのかと言えば、明治政府が西欧先進国を模して、皇帝が必要な明治帝国を作るためだったからである。
その付け焼き刃の明治帝国主義の哀れな末路が昭和20年の敗戦に繋がる。明治政府が作られて敗戦までの道のりの77年間は、敗戦から現在までの折り返した78年よりも短いのだ。明治の君主としての天皇制よりも、象徴天皇の時代の方が長くなっている。そして、今から77年先には天皇家自体が後継者を失うだろう時代に突入している。
1868年は、江戸幕藩体制が傾き、一気に明治維新へと時が動き、「西欧」をお手本に「新しい国づくり」が始まった年。1945年は、日中戦争、太平洋戦争へ突き進んだ日本が、無条件降伏という形で敗北を喫した年。その後、77年が経過して、2022年コロナとロシアのウクライナ侵攻で世界情勢が考えにくいほど変わった年である。
次の77年の経過は象徴天皇制が終わる2100年が始まることになるのだろう。それぐらいの年限をかけた、象徴天皇の終わり方が良いのかと思う。日本人にとってそれくらいゆっくりの無難な象徴天皇の終わり方だと思う。天皇がいなくなるわけではなく、普通の日本人になると言うこと。
なにしろ、無条件降伏した天皇が、日本各地を巡り、バンザイバンザイと迎えられた日本だったのだ。日本は大きな過ちをした、間違った国だったのだ。国民は地にひれ伏し、土下座をして天皇に対して、ふがいなく敗北して申し訳なかったと涙を流したのだ。それからの78年でいくらかまともになっただろう。
その訳の分からない日本人の在り方こそ、77年かけて変えなければならなかったはずだ。民主主義の77年間で変わらなければならないはずだったのだが、まだ十分には変わっていない。次の77年間かけて変わらねばならないだろう。象徴などなくて良い民主主義国家である。
中国には孔子の末裔という家がある。結局の所すべての人間はミトコンドリアイブの末裔である。孔子も、天皇も、下層の民である私と血縁と言えるのだ。人類皆親族。江戸時代の天皇家は権力を持たず、今の天皇家ほどの財力もなかった。京都で公家の中心として、敬しされて遠ざけられていた存在。
その中で天皇家は文化を持って、その尊厳を維持しようとした。それが桂離宮であり、修学院離宮である。武力を持たないで、尊敬を集めるためには高い教養である。古代の天皇であれば、水土技術の保持である。そうした先進技術や学問や文化による日本の統合。
日本人は外圧でしか変化できないと言われている。敗戦後77年が経過して、コロナのパンディミックがあり、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。それに伴い日本は再軍備を始めた。ただし、どこを目指しているのか皆目分からない日本の政治の現状である。
敵基地攻撃能力などと行っても、原爆を何百発も攻撃型ミサイルに準備している国に対して、また竹槍で戦えというのだろうか。無駄な戦いを挑むよりも、何とか仲良くなる道を探ることが普通のことだ。相手の悪い所ばかりを問題にしていては、仲良くはなれない。
今起きている外圧は日本が中堅国になり、経済的にも軍事的にも、強くはない国として生きてゆかなければならないと言うところにあるのだろう。お隣の中国には及ばない国として、どう生きてゆけば良いかである。何時までもアメリカの占領下の国としての仕組みをひきづり続ける国なのか。
大きな軍人マッカサーの前に立った、小さな昭和天皇の降伏した君主としての姿こそ、今に至る77年間はアメリカ隷属国家の平和の77年間の姿だったのだろう。そして、次の77年間の世界の情勢は大きく変わるはずだ。中国がアジアの中心に位置する事だけは確かだ。
アメリカの虎の威を借る属国から、アジアの中堅の普通の国へ日本が変わることが出来るのかどうか。新たな平和の為のアジア諸国の連帯が作れるのかどうか。国連の平和維持機能が失われたままで、どのような世界平和の道が模索されるのか。大きな岐路に世界が立っている。
出来れば天皇家は自ら、憲法で規定された天皇家としての役割を終わることが望ましいだろう。ごく普通の人権を持った人間として生きて行く道を模索すべきなのだろう。当面の目標は文化人としての江戸時代の天皇家の姿なのでは無いだろうか。
天皇家の皆さんには大いに学問や藝術をしていただく。出来れば一目置かれるような研究成果を上げてもらう。そして、我々と同じ地平に立つ人間になってもらう。そうした天皇の立ち位置が日本人にとって一番望ましいことではないかと思う。
そのための第一歩は天皇も普通に働き、収入を得るような暮らしをする方が良い。民主主義国家での一人の人間になるべきななのだ。民主主義国家に於いて、法的に別の枠とされる人間が存在することはいかにも不自然なことだ。
先ずは、京都に戻ることだろう。東京に移り権力者にしたのは明治政府の天皇利用である。その後の教育によって、天皇はいかにも特別な存在であるかのように、間違った洗脳が行われたのだ。特別な国家である意識の根底に天皇を置いたのだ。
江戸幕府の権威を取り除く、地方出身者の集まりであった、明治政府が天皇の看板で権威を作り出した。それはたかだか、77年間の間違った幻想に過ぎない。その後の78年の象徴天皇も洗脳から冷める年限だったのだろう。これからの77年で象徴天皇もいらない日本になるべきだろう。
日本は天皇が君主としているような特別な国ではなく、ごく普通の国になれば良い。東アジアのはずれにある、自然豊かな島国として、恵まれた自然条件を生かした美しい国を作ることだ。拝金主義、能力主義を克服して、当たり前に暮らす人達が、共に暮らすことの出来る国になることが一番良い。
地方が放棄されてゆく。地方こそ日本人が豊かに暮らしてきた基盤だ。地方で暮らせるように、国の形を変えてゆく必要がある。東京に天皇を移したこと時だがいが間違いである。現状天皇が東京にいる理由がないだろう。まずは天皇の京都への引っ越しである。