無施肥の稲作

   

自給農業では藁は使い道が多くて、利用面から田んぼに戻すことは出来ない。そこで、田んぼでは冬の間、緑肥作物を作ることになる。雪の地方では、そう言う事もで出来ないだろうが、足柄地域では、田んぼを使わないで置く手はない。緑肥でなくとも麦を作る。菜種を作る。タマネギを作る。冬の間も田んぼは使っている方が良い。100坪の自給だから、何か作らなくてはもったいないと言うこともあるが、土という物は、一般に作物を作っていたほうが良いようだ。作物の耕作を通して、土壌が育まれる。無施肥の稲作でも、一般に緑肥作物を作ることが多いようだ。しかし、無施肥では緑肥作物自体がたいして育たないこともある。そこで、肥料を稲に与えるのでなく、緑肥作物に肥料を与えて、充分に育てると言うのが、考え方である。その上でその作物が、土壌にすきこまれたときに、充分に分解できるだけの窒素分がある状態にする。これは緑肥の抑草効果も考えての事である。使える腐食質を増やすと言う事でもある。だから緑肥作物は、マメ科のものがいいという事になる。

無施肥の田んぼでは緑肥作物が育てにくい。肥料分の少ない畑では、天候、気温、雨量、播種時期とか、僅かな自然の影響を受けやすいと考えている。自然農法と呼ばれるものほど、実は自然の影響に敏感なはずだ。私自身はそういう経験を何度もしてきた。それが、自然農法の優秀性を主張するあまり、自然の影響を凌駕するのが、自然農法だという主張がされ、冷害年でも充分に収穫が出来たという、稀有な例を一般化する傾向がある。足柄地域にはMOA自然農法をされる農家が10軒ほどあるが、収穫が他より優れていると言う事例は先ず見ない。MOA農法も人それぞれで、確立した稲作法が成立してはいない。この点では、一般の有機農法と同じ段階である。ただ、岡田茂吉氏の原理を否定できないため、苦労を重ねているのではないか。結果的に、何も入れないでやっている人は、皆無である。MOAの信者の方でもそういう状況だから、とてもこの農法を岡田理論どおり、一般化するのは至難の業である。

自然農法では、老化したと言われるような、発酵の進んだ家畜糞堆肥なら入れてもいい、という事になっている。それも慣行農法からの転換初期段階の事で、段々に入れないでも大丈夫ということになっている。そういう田んぼを見たことが無いので、一般技術として成立しているのかはわからない。多分信者の方ですら、そういう原理的な農法はしていないので、とても難しいということなのだろう。入水する水が、既に窒素過剰になっている所が多い。こう言う農法でやると、平野部では入水口の方が繁茂するような結果になる。山が雑木林で、その絞り水で耕作できるのであれば、又違う事だろう。海は山が育むと言われるが、田んぼも山が育むのだろう。土壌の性格も大きく影響する。たぶん、完全なる無施肥稲作が可能な稲作は、日本ではごくごく少ないのではないだろうか。私は信者ではないが、この農法の理論的優秀性をかんがみて、試みた事はあるが、5年我慢すると言うような事はできなかった。

無施肥理論でよく出てくるのは、山の自然林、雑木林の土壌の姿である。雑木林の土壌は確かに良い。何万年もかけて形成された土壌の姿である。畑とは根本的に成り立ちが違う。江戸時代から、400年かけて作られた、杉林の土壌は、畑の土壌に較べて悪い。さらに言えば、クロボク土が数万年前かの火山灰の蓄積の上に、イネ科植物の草原状態が何百年、あるいは何千年か続いて、炭素の蓄積がなされている。こう言う土壌と雑木林の林の土壌とでは、形成される土壌のイメージが違う。しかも、人間が永続して耕作して行く経過の中での、土壌の形成の問題である。作物の持ち出しの量微生物の意味が違うのだろう。光合成で蓄積される、腐食や固定窒素量。雨などで入り込む窒素量。雷で固定される窒素分まで問題とされるなら、野鳥や、魚の遡上。野生動物の死骸。大量の昆虫や小動物の蓄積。膨大な微生物の存在。検討しなければならない要素が多様にある。そうした自然的要素と、施肥の問題はきちっと論理的に考えなくてはならない。

無施肥理論が、原理主義的に一般に広まってきている事を、とても怖れる。さらに、消費者が植物系肥料だけを入れうように要求する事は、循環してゆく事を重んじるとすれば、とても危険なことになる。草や落ち葉の堆肥は確かに、障害が起こりにくく使いよい。良い収量結果が出る。それを作る労力を除けば、一番良い耕作が出来ると見て間違いがない。その意味で、もし良い畜産がされているなら、草食動物の糞を上手く利用する堆肥作りは、悪くないはずと考えるべきだ。また、家庭で出る生ごみも上手く堆肥化すれば、優れた草植系の堆肥になる可能性がある。こちらの考えで進める方が、現実的である。健康のための農産物は、無施肥の自然農法であるかのように流布する間違いである。無施肥で、堆肥を入れないで耕作した圃場で、農家的面積で、農家レベルの単位収量を実現した、現実の田んぼや、野菜畑がどこかにあるなら、教えて欲しいものだ。

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