田んぼは平和な社会を作るため

   

 


 「上野長一といろいろ米のものがたり」という本を読ませて貰った。栃木で自然農をやられてきた方の物語である。著者は水谷正一という宇都宮大学の農学部の教授だった方だ。同じ農学部だから叔父とも接点があったのかもしれない。この本の中に「田んぼをやることは平和な社会を作るためだ。」こういう言葉が書かれていた。胸に迫るモノがあった。

 感銘を受けた。その通りのことだ。長年田んぼの活動をしてきたことの意味を再確認した。あしがら農の会をやってきたことはまさに平和な暮らしのための、食糧自給活動である。石垣島で農の会を始めたことも平和な暮らしのためである。平和な暮らしを田んぼから学ぼうと言うことである。

 生きている限り続けなければならないと励ましを受けた。石垣島農の会はまだ始めたばかりである。これから形を作り立ち上げてゆかなければならない。干川さんはあと3年はやれると言われている。それなら私は2つ年下なのだからあと5年はやれる。その間に、なんとしても形を作り上げて、次の人達に渡せるところまで進めたい。

 平和のための農業は、土壌を育てる循環する農業である。収奪的な近代農業では無い。未来に続く東洋4000年の循環農業である。人間の暮らしが自然を大きく改編すること無く、継続されてゆくイネ作り。食糧を作るという行為は他の産業とは、成り立ちが異なるものなのだ。

 縄文後期から日本が比較的平和な国として歩んで来れたのはイネ作りが日本の基幹産業だったからだ。イネ作りは人と人の共同作業が必要になる。水を通して、譲り合う経済が生まれる。イネ作りは平和に暮らして始めて可能になる産業なのだ。
 特に江戸時代の幕府と各藩そして庄屋制度、そして大家でもある地主と小作人。まさに封建制度で問題があるが、平和に暮らしていた時代だ。この時代から学ぶものはあるはずだ。小作人制度が深刻化したのは本当は明治時代だったのだ。富裕層による搾取するための、不在地主による小作が広がる。

 人間が生きる食料という基本を自分の手で支えるという自給の思想は、人間がどのように生きるべきかの根本を学ぶことが出来るものだ。生きるためである以上、未来に繋がっていなくては成らない。イネ作りが、田んぼが、自分一代のものではなくなる。

 自分の食べるものを作りながら、未来社会に繋がる生産方法をとらなくては成らない。そうしなければ自分の孫子の時代には、農地や環境が疲弊してしまうからである。この原点を自らの手でつかみ取るための自給活動である。あしがら平野で展開した農の会が、今度は石垣島で平和の活動として、自給活動を展開したい。

 同じ農業でもプランテーション農業はまさに収奪農業である。儲かりさえすれば、土地を荒らしてしまうとしてもかなわないという農業だ。化学肥料や農薬を大量に使い、当面利益が一番であるやり方がプランテーション農業の目標となる。それが植民地から始まったのは、よく分かることだ。土地がおかしくなれば、おかしくない土地に場所を変えれば良いことになる。

 まさに帝国主義の植民地農業はそうして農地を荒らして、植民地国家の食料生産までだめにしていったのだ。綿花を強制的に作らせて、食料生産が出来ない農業にしてしまう。農民が農業に働きながら食べるものさえ不足するというおかしな農業である。

 日本の伝統農業は農地をよくすることがむしろ目的と言えるほど、農耕地を大切にし、未来の家族が暮らして行ける農業であった。それは日本の農業が平和のための農業だったからだろう。自分の子孫が平和に暮らすために、農地の永続性を重要視した。農地を荒らすことはご先祖様に申し訳の立たないことだった。

 伝統農業は平和な国作りをささえる基盤であった。ところが、明治政府の富国強兵政策のもとでは、農業も他の工業のような産業と同じように、効率と利益が優先されるものに変えられていった。江戸時代の農民搾取が盛んに言われるが、問題は明治時代の富国強兵に潰された、農民の暮らしなのだ。

 化学肥料と農薬が利益を上げる重要なものとなった。それは科学の発展がもたらした20世紀の恩恵ではあったのだが、同時に農地の永続性を危うくさせるものでもあった。沈黙の春である。永続性の無い、平和では無い農業の姿である。

 近代農業が地力を衰えさせることになり、病害虫も増加した。利益目的の農業では永続性に問題が出てきたのだ。腐植が失われることが土壌の永続性を損なったのだ。こうなると農業も平和な暮らしのためのものではなくなってくる。収入を得ることが目的の仕事に変わってしまった。

 人間が人間らしく暮らすための営みだった農業が、人間の良い暮らしを作り上げるための仕事では無くなってしまった。そのためにイネ作りは平和を作る仕事だと言われても、どう繋がっているのかが見えなくなってしまったのだろう。

 自給農業を行うと言うことは平和な暮らしとはどんなものなのか。平和な人間とはどんな人のことなのか。そういうことを自学する場なのだと思う。人を押しのける人間では無く、支え合う人間人間になるための場なのだろう。イネ作りをすれば共同する意味を身体が教えてくれると思う。

 田んぼをで成長できない人もいる。自給のための田んぼに参加しているというにもかかわらず、まるで企業での利益競争のように、自分が自分がというような調和の無い人がいる。いかに他の人を支配するかばかり考えている人もいる。それは平和のための農業という自覚が無いからなのだ。自給農業はあくまで平和のための農業である事を忘れては成らない。

 社会が人間をゆがめてしまっていることが分かる。田んぼの自給活動ですらみんなのためにできない人がいるのだ。それでも多くの人はこの自給のための田んぼはどうも、効率重視の近代農業と違うらしいと学ぶことになる人が多い。みんなのために働くと言うことが喜びになるように変わってゆく人の方が多い。

 もちろん変われないで止めてゆく人もいる。一人はみんなのために、みんなは一人のために。農業に興味を持つ人の多くは、今の社会に幻滅をしていることが多い。競争主義社会の疲弊。能力主義社会の耐えがたい圧迫。これを逃れて、別の道から越えてゆこうというのが、自給のためのイネ作り活動なのだと思う。

 命を繋ぐ自給のイネ作り。身体が動く間はなんとしても継続したい。これが命の続く間はやるべき事のようだ。私の絵が田んぼの活動から生まれるものになることを願っている。平和のための楽観の絵である。田んぼの自給活動をめざす人になら伝わる絵である。

 田んぼをやることが平和な社会を作るためであるように、絵を描くことは平和な社会を作るためのものである。私の絵に楽観が宿り、見る人が描かれた絵で楽観を確認できるようなものになることが目標である。それは到達できないことかもしれないが、平和な社会の楽観の表現を目指している絵だという姿勢を継続したい。

 - 「ちいさな田んぼのイネづくり」