コロナ陰謀論はなぜ現れたか。

   



 コロナ陰謀論が広がっている。特にワクチン陰謀論がじわじわと広がっている。中世のペストの流行の時にも同質な現象があったらしい。ユダヤ人迫害とペストの流行を結びつけたり、コロナに関する因縁をつけるような魔女狩りが起きている。

 コロナ感染症とそのワクチンを科学的な思考で考えてみる冷静さを失うひとたち。いつの時代にも時代の転換期においては起きることなのだと思う。似非科学を信じて、陰謀論を信じた方が今起きている現実を理解しやすい人たち。そうでなければ精神のバランスをとることしかできない人たちが現れたのではなかろうか。

 先日、湿疹が出てやっと少しづつ直ってきた。このことをブログに書いたらば早速コロナワクチンを打つと湿疹がでるので、原因はワクチンだ。というコメントをくれた人がいる。何を根拠にわざわざ人のブログにコメントをするのだろう。

 万が一それが事実だとしても、何を面白がって病気の人に対して嫌がらせをしているのだろうかと思う。病気になったことの原因を、すべてコロナにしてしまえばなにも考えなくても済むという事だろう。暗い心情に落ち込んでしまった人が、同じような不安を世間に広げないではいられないのだろうかと思う。

 何でもコロナワクチンに結び付けないと居られない心理に落ち込んでしまった人が確かにいる。もちろんワクチンと湿疹が全く関連がないとは言えない。しかし、その関連をあくまで科学的な思考で考えてみれば、よく分かりもしない他人の湿疹まで、ワクチンが原因だと結論してわざわざ嫌がらせのようなメールを書かずにはいられない心情。

 ワクチン接種後に死んだ人や病気の人はすべて、ワクチンが原因だと騒いでいる。それならなぜ日本人の死亡がコロナで死ぬ人以外でも、どんどん増えているのかといえば、そんなことはない。実際には日本人の平均寿命はむしろ延びたぐらいなのだ。ワクチンが原因で日本人の寿命が延びたという方が、正しい推測である。

 ワクチン接種は5月に行った。そのこともこのブログに書いてある。4ヵ月以上経過している。ワクチン接種で湿疹が出るならもっと早いだろう。湿疹が出た可能性で一番大きい要因のは、石垣島の夏に田んぼをやって、汗をかき続けたことが一番の原因と考えている。

 そこに石垣島での爆発的なコロナが広がり、感染不安が続いた。政府の対応のコロナ悪さで政府に対して批判的な気持ちが高まった。その結果が湿疹を長引かせたと考えている。老人になり、皮膚のバリア維持力が低下もしているのだろう。

 昔から、不安があまりに大きくなると、湿疹に現れるという体質があった。今回が4回目のことである。不安が続くと、どうも免疫力が低下してしまう体質のような気がしている。絵が描けなくなった時期があり、その時が2回目のことで、このときの湿疹が一番ひどかった。思い出してみると、15歳ころ。35歳ころ。60歳ごろ。72歳の今。

 ところがワクチン危険説の人にしてみれば、まずワクチンが原因という先入観にとらわれてしまう。何が起きても、ワクチン原因にして納得をしようとする。弱い心を不安が支配するのだろう。石垣島で田んぼを始めて、こんなに汗をかいた事がないほど汗をかいた。

 8月の田植えはもう止まらないほど汗をかく。湿度が90%もあって、日が照っていて、その上にかいた汗をそのままにして作業を続けていた。ずいぶんに強い陽射しに晒され続けた。これはさすがに良くないとは思ってはいたが、石垣島の強い光線を甘く見ていた。

 その後、石垣島でコロナ感染爆発が続いた。いつ感染してもおかしくないような気分で毎日を暮らした。全くそとに買い物にもゆけなかった。家にいるか。アトリエカーで絵を描きに行くかである。アトリエカーの中でも汗を描いていた。これでは汗疹になっても仕方がない状況である。そこに、感染不安も加わりで精神的に苦しくなった。

 これが今思う範囲での湿疹が出た原因である。不安が強いのは若い頃の結核をしたという事がある。肺が弱いに違いないと思っている。肺が弱い人の場合、コロナは重症化するらしい。年寄りでもある、生な感情として命の不安を感じている。

 コロナワクチンの副作用説よりもはるかに直接的原因として、コロナ不安に思い当たる所がある。しかし、陰謀論に洗脳されてしまっている人には、そんな考え方は通用しない。つい陰謀論の手先に加わり、根拠のない言説を振りまくことで安心を得ようとする。

 その湿疹はワクチンから来ていますなどという、嫌がらせともいえるコメントを書くことで憂さ晴らしができる。まともな人間はそう思っても明確な確信がない以上、匿名でコメントなど出さない。もしどうしても心配で教えたいというなら、説明が出来るように自分の名前と連絡先は書くべきだろう。

 こうしてワクチン陰謀論は広がってゆく。その背景にあるものは社会が経済的不安に満ちていることであろう。国家がかつてないほどの借金を抱えている。そして、コロナ対策で又莫大な税金が使われている。このままでは、日本の経済は破綻してしまうのではないか。この経済の不安が、中世社会が終わる時代に重なる。

 世界経済の破たんの可能性は、年々高まっている。資本主義の末期が近づいている。その覚悟はしなければならない状況は始まっている。労働人口の減少、世界的食糧不足から輸入食糧の高騰や、次の感染症による医療崩壊など、こうしたことは遠からず起こることとしなければならない。

 当然だれもが自分の仕事も、危機にさらさせている。明日の暮らしも不安定そのものである。人間の不安の一番は経済である。外にも出れない。自暴自棄の心理になりかねない。そこに陰謀論が忍び寄る。ただでさえオカルト的な思考をする人がいる。コロナパンデミックに飛びついてしまう。

 耐えなければならない。「楽観」である。行き過ぎた資本主義の限界を越えれば、安心な世界がある。何度も人間は大きな絶望の淵に立った。それを何度も乗り越えて今がある。能力主義を人間は克服しなければならない。能力差別を乗り越えなければならない。

 陰謀論に陥っている人は少しだけ心の病に侵されているのだ。社会不安から精神の安定をいくらか失ったのだ。それも無理もない様々な劣化が起きている。次の平和な世界を求める気持ち、人間の可能性を信じることが、病から楽観に至れるのだと思う。

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