クマの殺処分に抗議殺到

   

 秋田のスーパーにクマが侵入し、従業員に怪我をさせ、そのまま3日間居座った。檻罠を仕掛け捕まえ、殺処分した。当然のことである。今までもこういうことは繰返し行われてきた。所が今回この市の行った殺処分処置に対して、抗議が100件を超えて寄せられた。何かが変わり始めている。

 野生動物に対する意識の変化が、表面化するところまできたということだ。動物を殺すのは可哀想という受け止め方である。動物愛護の問題と繋がっていることである。社会に余裕が出てきたと言うことかもしれない。殺さないでも何とかなるのではないかという気持ちがあるのだろう。
 ただ殺さないでどう管理するのかを自分が担うと言うことは頭には全くない。誰かがやるべきだという他人任せの上での考え方なのだと思う。社会に対する権利の主張が強くなっている。そして義務の意識が薄れているのだろう。義務を考えれば、クマ殺処分の抗議は出来ないと思う。

 殺さないとしたら、このクマを誰かが飼い続けると言うことか、山奥に放すというどちらかの選択になる。一度町に出てきたクマはまた同じような行動を取る可能性の方が大きい。養鶏場に侵入したオオタカを捕まえたことがある。美しいものだった。
 このオオタカによく言い聞かせた。二度と来るのではないよと、そして放鳥した。天然記念物のオオタカの殺処分は出来ない。所がその翌日にはまた養鶏場に侵入した。クマはスーパーをオオタカは養鶏場を餌場と考えてしまっている可能性が高い。野生動物の行動の大半は給餌行動になる。

 山で餌を採る能力があるクマは山にいる方が良いに決まっている。人間を襲うようになるヒグマも同じで、一度人間を襲ったクマは繰返し人間を襲うようになる。人間の生活をどのようなものであるか、根本から考えなければ成らない社会状況なのではないだろうか。

 人間は自然と折り合いを付けて暮らしてきた。所が現代社会は自然との距離が遠ざかり、野生動物をぬいぐるみのテディーベアーと大差ないものに見え始めている。クマが恐ろしい野生動物で有り、何時襲われるか分らないものとは思えない人が増えている。

 生活と自然との距離が変ったのだ。クマと共存するような、私の子供の頃の藤垈の山村であれば、クマはやられる前にやっつけるべき動物だった。野生動物を狩猟して暮らしている猟師さんがまだ暮らしていた。それはイノシシも、鹿も狩猟野生動物だった。

 クマが可哀想だから、殺さないでなどと感じる人は一人もいなかった。クマは怖いから何とか殺して、淘汰して貰いたいが本音だった。そうした山村で暮らす人は急速に減少し、山は管理されないものになった。漁師さんもいなくなった。

 北海道を除く日本の大半の人が、クマの恐ろしさを体感することがなくなった。そしてクマはぬいぐるみと同列になった。ムツゴロウの自然王国も影響しているかも知れない。人間がそのつもりになれば、クマと共存できるというような、幻想が広がったのかも知れない。

 この間日本の山間部は里山としての管理が失われた。森林組合が管理する山林だけが維持されている。里山は薪炭林である。クヌギやナラなどのどんぐりの実のなる山林である。里山に餌場があった。里山は落ち葉が集められ、樹木は一定の周期で切り倒され、循環され畑のように管理されていた。

 山村では戦後も猟師さん達は何とか暮らしを立てることが出来ていたのだ。しかし、山村が消滅し、猟師さんはいなくなり、クマはぬいぐるみになり、殺したら可哀想な動物に見える人が増加してきた。その流れで家畜を使役に使うことを可哀想という人も増えてきたのだ。

 人間と動物との関係が大きく変わり始めている。自然の中に生きてきた人間が劣化を始めたと考えて良い。人間が生きると言うことがどういうことなのかが見えなくなったのだ。人間が生きると言うことは、生存競争で他の生きものと戦いながら生きると言うことだ。

 この現実を見ないようにして、可愛らしいぬいぐるみとして野生動物を見てしまう。これは明らかに人間が暮らしの本質を生きると言うことの意味を見失った劣化である。人間は他の生き物を殺して生きているのだ。それは植物であるから許されるとか、微生物だから許されるという問題ではない。

 人間が生きると言うことはそうしたたとのせめぎあいを乗り越えて生きていると言うことを忘れてはならないと言うことだ。野生動物とどう関わるかは、自分がどう生きるかと言うことと繋がっている。野生動物をぬいぐるみとして感じると言うことは、自分の生きるのもリカチャンハウスの中なのだ。

 北海道では猟友会がヒグマの駆除を依頼されて、実施してきた。所が今度北海道猟友会がヒグマ駆除を拒否しても良いする通達を出した。1、命の危険があるヒグマ駆除の日当が8千5百円では割に合わない。2、自治体がヒグマ駆除の実態をなにも把握せず、猟友会に丸投げ。3、自治体は現状の改善をしようと考えていない。で、「ジジイを舐めるな!」である。
 と書かれている。「ジジィをなめんなよ」は老齢化している猟友会と言うことだ。ヒグマ駆除という命がけの仕事を受けて、協力してきた猟友会の会員が、駆除要請に基づいて、クマを銃撃した行為が、高等裁判所で危険行為と
して銃の保持を禁止されたのだ。この判決はさすがにおかしいだろう。

 こんな処置がされるようではもう誰もクマの駆除に協力してくれなくなる。困れば撃って欲しいと言われ、撃てば可哀想なクマを何故殺すのかとせめられ、今度は危険行為だから銃を取り上げるという高裁判決である。誰がこんな状況で協力できるだろうか。でに実際には今も協力してくれている。感謝しなければならない。
 もうこれからは銃による駆除を止めて、くくり罠寮にすべきだろう。そうしなければ、もう対応が限界になる。くくり罠猟の方が安全だし、住民がそのことに協力をすれば、クマを山に閉じ込めることが可能になる。銃からくくり罠への転換を考えるべきだ。

 これから熊が市街地に出てくる事例は増加する。それに対して、市街地では警察の許可がない限り、発砲は出来ない。そもそも市街地で発砲できる形で銃を所持することが禁じられている。市街地での発砲許可には時間がかかる、砂川の小学校の木に登ったクマに対する発砲許可には4時間がかかった。

 北海道ではさすがにクマを殺して可哀想だという抗議はない。それどころではなくクマが市街地に出没して、身の危険を感じているからだろう。通学途中の子供が襲われたらと思えば、クマを殺して可哀想だという感情は湧いてこないはずだ。

 そして、野生動物はともかく、家畜は殺されて可哀想ではないのかという話も同列に語られた。確かに肉食というのは残虐なことだ。山羊を食べるという習慣が沖縄にはあるが、私は山羊は食べられない。山羊は可愛いからあれを無理に食べる気にはならない。

 牛や豚や鶏は食べて良いのかという問題になる。私は養鶏業で生活をしていたので、この問題はかなり深刻に考えていた。そして結論としては、大切に食べてあげる意外にないと言うことだった。だから自分が飼っていた鶏は産卵をしなくなった時点で、食用に回した。

 自分ですべてを捌いた。燻製にして友達に食べて貰っていた。辛い作業ではあったのだが、それが私の生き様であると受け止めた。人間として生活をして生きる以上、避けるわけには行かないことだと思っていた。その体験を通して、家畜という物は何かを考えるようになった。

 家畜は人間が暮らして行くために働いて貰うことで家族になる生き物である。今水牛を飼っているが、水牛を飼うのは伝統農業だからだ。沖縄の農業は水牛によって支えられてきた。水牛農業の伝統を残したいと思っている。そのための農作業を確立したい。

 水牛は働くことを嫌がっていない。むしろ人間と一緒に何かをすることを喜んでいるように見える。この人間と水牛の良い関係を作り上げたいと思っている。家畜を飼うと言うことは人間の在り方にも大きな影響があると思う。家畜もぬいぐるみではない。


 

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