日本の女性差別は特殊

   

 

 日本が女性差別の国であるというのは、よく言われているし、分っている。そうした事実を目にしたこともある。最近では女性の方が有能だと思う場面に出会うことが多い。役所など担当の方が女性だとホットすることが多い。役所の職員の場合、男性で困った経験が何度もある。

 オリンピックでは日本のメダル数の確保は女性上位である。20年前のアテネから以降では、女子選手の方が金メダルを多く取ってきている。前回東京では14個、今回は8個で男性より少ないがすごい活躍である。前回の東京オリンピックでは男子が15個で、女子が1個だったのだ。

 ここ20年間に日本の女性に何かが起きている事は確かだろう。マラソンでは金メダリストは男にはいないい女性では2人も居る。銀と銅を連続して取った有森さんのような人も居る。そうした人達のすべてが人間的にも傑出している。絵画の世界など、女性中心と言える状態である。

 女性中心であるが、なかなか女性が会の運営に当たっているという絵画団体は少ない。男性の年寄が代表になっているというような団体が多い。そして急速な衰退をしている。自治会などでも女性が代表という自治会は無いわけではないが極めて少ない。少ないことには理由がある。その理由は日本の家族制度の残存である。

 朝の連ドラが家族の問題をとことん取り上げている。すごいドラマである。それに刺激されたこともあるのだが、女性差別問題であれこれ思うところがある。最初は面白かったが、最近くだらなくなったという男性が多い。そういう人は差別主義者が多いから、気を付けた方が良い。

 最初は法曹界への女性の進出の歴史であったが、今は現実社会の差別が対象になっている。意見の割れている問題に切り込んでいる。何しろ夫婦別姓が認められない国なのだ。その理由が伝統的な日本の家族主義を壊すと言うことだから驚く。

 日本は先進国中第一の女性差別国家と名指しされ批判されている。まあこの先進国中と言われても、何が先進国なのだろうかと思う。夫婦別姓が出来ないような国が、先進国のはずがなかろう。社会文化に於いては、過去の家族制度にこだわり、先に進めない停滞国だろう。

 ここで言う世界基準で言うところの女性差別の点数の付け方は、ちょっとおかしいのではないかと思う。もちろん日本に女性差別はあるし、問題だという前提のことだが、日本の女性差別を無くして行くためには、国際基準だけでこの問題を考えてもだめだと思うのだ。

 日本の女性差別は日本の家族制度の歴史に根ざしている。国際的に見ると、女性の差別のない国は北欧が中心であるらしい。北欧の教育制度を考えてみれば良いのだ。フィンランドをみると、9年間の義務教育期間は、給食も無料、教科書も支給される。

 中学卒業後は高校へ進学するか、職業学校に進学するか進路が分かれ、高校卒業後はその成績と入試の成績で、大学または職業大学校へ進学する事ができます。大学はすべて国立で20校ある。

 職業大学校は公立です。学生は同じ自治体に住んでいても親から独立して離れて暮らすのが一般的で、住居手当、勉学手当てを国から受けることができる。この制度がすごい。どの大学を出たかというよりも、どのような資格を取得したかで職業が決まります。

 生涯学習も非常に盛んで、だれでも働きながら、または引退後に学ぶことができる。また、すべての自治体が図書館を備えています。2001年のOECDのPISA調査で、フィンランドの学生の能力と教育レベルは世界一と評価された。 

 日本の女性選手は差別を受けているのに頑張っているとも言えないと思う。日本の女性差別が独特の正確であるとかんがえるべきだろう。むしろ日本では男女差無くトップ選手の育成には、かなり力が入っている。平均のレベルを上げると言うよりも、メダルの希望のある選手に力を入れている。

 差別の問題は国や民族性に根ざしているから、国際基準はあくまで結果的な概要であり、差別を無くすためのガイドには成るが、差別を無くす方法その中に見えてくるわけではない。国会議員を半分は女性にするというような法律を作るのは民主主義的ではない。しかし、候補者の半分は女性にするという政党があっても良い。

 家事や育児は女性の仕事であるといった考えを持つ人も多く、女性に対する差別や偏見は残っている 。日本は2022年時点、男性フルタイム労働者の賃金の中央値を100%としたときの、女性フルタイム労働者の賃金の中央値は77.5%と出ている。

 一方で、2022年時点でスウェーデン92.0%、フランス88%、アメリカ82.5%、イギリス87%となっており、ほかの国は男女の賃金差はすくない。日本の国会における女性議員の比率は日本の国会における女性議員の比率は、2021年12月の時点で衆議院が9.5%、2022年3月の時点で衆議院が23.1%になっている。

 そのうち女性議員の比率は、調査対象国190ヶ国中168位という結果である。東京大学(東大)の学生の男女比は、2023年度時点で学部生で24.6%、教員で17.6% となっている。抗した数字を見ると、自由競争である学力試験でも、男女差がある。また男女均等の投票の結果でも男女差が強く表れる。

 男女の学力の能力差はないと思われるが、何故学力差が生まれるかと言えば、多くの女性が学力競争に参加しないからだろう。政治家もそうだ。立候補する女性が少ない。政治家になる希望者が少ないのだ。会社の経営者の数や役所の管理職についても同じである。

 肉体労働であっても、女性が普通に働かなければならない。女性が働けるような職場になければ、労働者の不足である。農業は男女関係が無い。農の会ではそれぞれが担当になり作業をするが、男女差はない。田植えは女性、田起こしは男性というような役割分担が江戸時代はあったが、今はそれも無い。

 女性警官とか、女性自衛官、女性消防士はある程度いるだろうが、比率は6%よりは低い。職場環境を想像すると、女性ではなりたい人が少ないのだろう。逆に言えば、女性は無理をしてまで、成りたくない職に就く気が無いし、その必要も男性よりは小さいことになる。

 女性の方が高望みしなければ、生きる自由度が高い社会とも言える。だから好きな絵を描いている女性が多い。日本の男性はこうあらねばならないという社会規範が強い。むしろ男性に化せられた価値観が、東大を男性中心にしているのだろう。

 日本の女性問題を解決するためには、男性の問題の解決からである。そう考えれば、何を変えれば女性差別がなくなるかが分る。無理をして頑張らなければならない社会を終わりにすることだ。好きなことを自由にやれる社会になれば、女性差別はなくなる。男がシャッチョコ張って、やりたくない仕事をしていることが問題なのだ。

 日本の最近の有能とされる男性の異形として特徴がある人が、ホリエモン、斉藤知事、松本人志、のようなことになる。どこかサイコパス的である。こういう人にならないことだ。この無理の裏側に日本の女性問題の解決の鍵があるような気がする。

 

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