2021年の田植え

   



 柿の下田んぼの全景である。田んぼは久野川に降りる斜面に作られている。田んぼから久野川までは5mほどである。写真は田んぼの上にあるバス通りからとっている。観音堂前というバス停なのですぐに場所がわかる。

 ここ一帯を1haほど使わせてもらっている。すべて耕作放棄地だった場所を復田したところである。一部柿畑と栗畑の所だけはそのまま残されている。この場所は車では行けない畑だったところを道を作り降りて行けるようにした。

 湾曲した畔の形が古い棚田の形を残している。この湾曲が水圧土圧を和らげている。もうこういう田んぼは小田原では少ないともう。復田してみて、良い田んぼを復田させてもらったと、感激したところである。人間の技が美しい景色を作っている。



 柿畑の下には上野さんの家庭菜園がある。荒れ放題のこともあったのだが、柿畑の下の家庭菜園でとても美しい。草花も植えられていて、美しい庭の畑の典型ではないだろうか。ちょっとした心遣いが積み重なり、絵になる景色が生まれる。



 右側にはみんなが憩えるひだまりガーデンがある。その奥には渡部さんがミツバチなどを飼っている渡部ワールドと呼ばれるこれまたすごい場所がある。その間をトラックターが降りれる道を作った。いつもはこの場所に車が3台止められる。

 この一番奥の場所に久野川がある。久野川は箱根明星岳を水源とし、久野を通り、小田原市内を抜けて山王川となり、相模湾にそそぐ。小田原市内だけを流れる2級河川である。箱根山ろくに豪雨があると、すぐ滝のようになり、田んぼの脇の擁壁は10年の間に3回も崩されている。

 その擁壁をイノシシがよじ登る。2メートルもあるほぼ垂直の壁を掻き上るのだから驚く。仕方がないので網で登れないようにしてある。このところ上った形跡がないので、しばらくは大丈夫そうだ。


 田んぼの線引きである。ここは3畝の田んぼで線引きは1時間はかからないで出来た。線を明確にひくためには水の引き具合が重要であるこのくらいがいい状態である。24時間前に水を抜き始めた。土の状態で良い状態を作るのは案外に難しい。

 慣れた人ならば見えないところあっても田植えは出来るのだが、初めての子供でも田植えが出来るというためには、この状態のように分かりやすくしなければならない。しかもここに水を入れたらばまた見えない。だからみんなでやる田んぼは水のない田植えである。

 この線の十字の場所が植える場所である。線をひくときにできれば十字の所を避けたい。と言ってもそれはなかなか難しい。今回は短いトンボに葉をつけた新しい線引きを使った。山北田んぼがくれたものである。幅は短いことと、田んぼの凸凹に応じ切れないところが欠点だが、田んぼが整っていれば、問題なく線が引ける。


 このように植える速度に合わせて、わずかに水を入れたながら、植えてゆく。一本植である。頼りないように見えるが、これが24時間で活着して、停滞無く成長を再開する。苗が落ち着くまでは浅水にして置くつもりだ。

 この田んぼは3畝ほどである。小さな田んぼのイネ作りに丁度良いサイズである。これで180キロ採れれば、普通の家族ならば十分ではないだろうか。個の周りに大豆を植えるつもりである。苗を現在作っている。田植えが終われば植えるつもりだ。

 3畝の田んぼの田植えが一日がかりであった。江戸時代の田植えの記録では1反植えたというから、その3分の一人前というところ。以前試した時は4畝が一日の田植えだった。3畝まで体力が落ちたという事になる。しかし、若い頃より良くなったこともある。


 田植えが終わったところの写真である。3時30分ぐらいである。そう、歳をとって良くなったのは根気である。飽きなくなった。粘り強くなった。若い頃は気力を振るって我慢してやっていたが、今は楽しんでやれる。気分の良いものだ。

 今朝は少し腰が痛いが、今日も田植えである。明日も田植えである。そういう身体を使った繰り返し事が何でもなくなった。自分でも不思議な気がするが、年齢で変わるものもあるようだ。これが老人力なのかもしれない。

 幸い今日
も明日も田植え日和である。田植えを楽しみたいと思う。心底田植えになり切りたい。昨日は一人で黙々と田植え機になったつもりで植えていた。機械を使う人には理解できない喜びだろうが、人間は案外こうしたところで生きている。

 - 「ちいさな田んぼのイネづくり」