すべての絵を見直してみた。
石垣島に持ってきたすべての絵を見直してみた。今までに描いて、捨てなかった絵の9割方を見たことになる。額の中にある絵と、小田原に残してある絵を除いて見たことになる。相当数の絵を今年に入ってから見直していた。12日になってやっと終わった。
この中から二〇〇点ぐらいは残した。全体の1,2割の感じだ。水彩画は余り捨てたことはないので、おおよそ2000枚くらいが今まで描いた絵のすべてなのかと思う。30年のあいだ月に5枚ぐらいを描いてきたことになる。多いような少ないようなよく分からない。
それ以前描いていた、アクリル絵の具で描いた絵。油彩で描いた絵は大半を引っ越しの時に捨てた。総数で二〇点ぐらいが残っているだけである。展覧会に出していたような大きな絵は数枚だけ残っているだけだ。
額装した作品はいくらかましと考えたことがあるのだろうから、これが50枚として、250枚くらいがまだ捨てないで、参考にしなければならないものとして残す事になった。そのほか比較的最近に描いて残してあるものが150枚ぐらいある。
この400枚を考えれば、いままでの笹村絵のすべてである。頭の中だけで考えていると、自分の描いてきた絵を正確に判断はできない。今の眼で、過去の絵を見るというのも、判断が違うのだろうが、次に進むために絵を見るのだから、今の眼で判断をした。
想像していた以上に重たい作業になった。絵を描くよりも疲れた。憔悴したと言える。大半の絵が相当にひどいと言うこともある。同時に今より良いと言うこともある。たぶん今より良いと言うことの方にひどく参ったのだろう。今はいわゆる絵を描いていないと言うことがはっきりした。このことは目指していたことではあるが、絵を見て苦しかったのだろう。
やせ我慢で言えば、このところ再出発の30年の為の払拭作業をしていた。正直に自覚しなければならないことは、感性が衰えたと言うことである。人間は歳と共に感じる世界が弱く狭くなってくる。新しいものに感激すると言うことは減る。以前の絵の中には自分の中にないものにまで反応している。外界からの刺激を何でも受けていたのだろう。
今描いている絵に良いところがあるとすると、自分の目で見ていると言うことに尽きる。他人の目を借りてこようという浅ましさはいくらかは無い。中川一政文集を読んでいると、過去の優れた作品から盗んで来ると描いている。真似るのはダメだが、盗むことは必要だとしている。
中川一政氏を尊敬はしているが、盗むことも避けたいと思っている。自分の底までたどり着いて、何も無ければそれも良いと考えている。自分が大それた絵を描くことが目的では無く、自分になれれば良いと考えている。その覚悟はある。自分になるために絵を描いているとはっきり言える。
絵画と言う芸術は、社会への表現から、自分の生きるを掘り下げる方法に変わったと考えている。私絵画と呼ぶことにした。絵画が投機対象になるような、商品絵画の潮流は芸術とは縁のない世界なのだ。その行き過ぎた資本主義のなかで、自分というものを深く自覚するための方法が、絵を制作すると言うことになる。
吐き気をもようしそうになりながら、すべての自分の描いたものを見返した。原点に戻っていることは確認できた。そして、年々衰えてきている感性の中で、自分の世界観を深めて、自分の絵画を豊かなものにしなければならないと、改めて自覚したところである。
いくらか煮詰まり始めている世界観が絵の中に表われてくるようにならなければならない。感じが良いというような判断では無く、その絵が自分の中でどのような意味を持つのかに向かい合わなければならない。碌でもないので辛いことではある。
絵を見直してみてもう一つ気付いたことは、良い絵だと思う絵は自分の判断を越えて、破れかぶれで描いていると言うことだった。分かった範囲で描いていないと言うことである。これは自分を向かい合うと言うことでは無く、自分を越えると言うことになる。この自己矛盾のようなものが絵を描くと言うことにはある。ここはこれからも、忘れずにやっていかなければいけないことだ。
芸術はそれぞれのものだから、人のやることは全く参考にならない。私替えを描くと言うことは。私のやり方に至らない限りどうにもならない。絵を描くと言うことは未知に飛び込むと言うことでもある。何でもやるほか無い。
何かを切り開かなければ、自分にも行き当たることは出来ない。やれることは何かを考えるとすれば、そうしたすべてを描いて、描いて、描き尽くしてみる以外にない。画面は時には自分を越えて、自分を導いてくれる。描きつくして画面に従う以外にない。
廃棄した絵と廃棄しなかった絵の判断基準は、結局の所画格のようなものだ。絵が崇高なもに向かっているかだけであった。出来ていようが出来ていまいが、方角を持っている絵は残した。芸術の目的は人間の崇高なるものの自覚だ。マチスやゴッホや中川一政を見て、打たれるのはここに尽きる。
人間の至れる精神の崇高さである。残した絵はいくらか絵なのかと言うだけで、とうていまだまだである。これから、及ばないかもしれないが、自分の崇高さを求めて描きつくそうと思う。やっと水彩画の技術に自信を持てるようになった。
自分の絵にならない理由は、観ている世界の意味を分かっていないからである。見えているものを把握しきれないからだ。対象を見て、絵になりそうだと漫然と描いているところがある。これが大きな反省点であった。自分の世界観を対象にぶつけて行くような強さが不足している。
9割方の絵が廃棄されたと言うことは今描いている絵のほとんどが廃棄しなければならないと言うことなのだろう。それでもやりつくさない限り、こんな風に絵を描いて、生きた人間がいたということが分かるような絵は一枚たりとも描けないないだろう。