石垣島田んぼ種まきを終わる。

   


 100グラムの浸種のおわった種籾、これを1㎡の苗代に蒔く。

 石垣島田んぼでは種まきが終わった。20名を超えた参加者だった。小さな子供も4,5人参加していた。海水選を行い、脇を流れる小川に種籾を漬けた。水温はかなり高いので、どのくらいで芽が出るのか、心配しながらのことだった。
 
 ところが一週間の浸種期間で鳩胸状態まで進まなかった。水温の高さが発芽時間に影響していない。たぶん、つい1ヶ月前に収穫した種籾なので、発芽するにはある程度時間が掛かるのかもしれない。発芽抑制後空が強いのかもしれない。動物などにはいたづらされなかった。

 種籾は前日の夕方に川から上げて、水を切り、20等分に分けて、新聞紙に包んで貰った。半乾きぐらいの種籾の状態が一番ばらけて蒔きやすいからだ。初めての人にも、気持ちを込めて種まきをして貰う。これはイネ作りのとても大切な作業になる。この先の田んぼの作業にどれくらい本気になれるかの、始まりである。

 種まきをしないで、イネ作りをするのでは一番肝心なことが抜けてしまう。ここでゆっくりと、この先のイネ作りに思いをはせておくことが重要になる。だから、20等分、1メートル×1メートルの正方形に100グラムの種籾を、ひとりひとりが蒔くことが大切だと考えている。



 そして、苗取りも自分が蒔いた1メートルを取るのが一番良いと考えている。今回の田んぼ勉強会は、来期のイネ作りはそれぞれが独立して自分の田んぼが出来るようになることを目標にしている。石垣島に自給の田んぼが増えて行く布石である。

 案外田んぼに参加していても、自分でやろうとすると、分からないことが多いものだ。だから本気でやるつもりで関わって貰いたいと思っている。今回、石垣島で新規就農して、一ヘクタールの田んぼを始めた人が参加していくれている。

 山本さんという若いご夫婦だ。石垣島の希望の一つだと思う。与那国島では新規参入のイネ作りの農家を募集しているが、なかなか就農する人がいないらしい。石垣島で田んぼをやる人の力になりたいものだ。販売と言うことだろう。



 苗床は種籾を蒔き終わったところで、鳥よけのネットを張る。石垣島は何しろ水鳥が多い。しかも名蔵シーラ原である。鳥に荒らされないようにネットをしっかりと張る。キジもいれば、孔雀もいる。イノシシも出てくる。

 種まきが終わったところで、水牛代掻きである。水牛のわかばも大分慣れてきて、何をするのかは分かってきたようだ。水牛は優秀なものだ。草原につないでおけば、ガソリンもいらない。おとなしくよく働く、その上慣れてくると何とも親しみを感じる。

 一緒に頑張って働いていると、同志のような気持ちが湧いてくる。仕事が終わると、お互いよく頑張ったなと充実感が満ちる。そうなると、だんだん水牛の方も本気になってくれるようだ。家畜とともに頑張る農業の意味が少し分かった。伝統農業の気持ちに少し近づいた。

 仕事が終わったら川で身体を洗って上げているのだが、これが良かったようだ。心が通じるようにならないとやはり頑張って働いてはくれない。一緒に息を切って頑張って働くということを、水牛が理解してくれれば大丈夫なようだ。貴重な体験をさせて貰った。



   こんな小さな子供にも水牛の綱を引いて貰った。とても楽しかったそうだ。嬉しそうな顔をしていた。一緒に引いてくれているのが、水牛を8頭も飼って、何とか水牛の保存を続けてきた、福仲さんだ。福仲さんも愛牛が頑張ってくれて嬉しそうだった。福仲さんの与那国の話は実におもしろい。

 代掻きはなかなかイネ株が沈みこまない。仕方がないので、みんなで残っている株は引き抜いて、田んぼにめり込ませた。そして、作ってあったぼかし肥料を田んぼ全体に20袋ほど撒いた。そして水牛代掻きである。苗が三週間で4葉期を越えれば、田植えになる。

 苗作りに四週間かかれば、田植えは予定より一週間延びて、8月1日になる。ジャンボタニシが多いので、出来れば大苗で植えたいのだが、この辺も進んでみないと分からないことが多い。発芽するのだろうかという不安まで、出てきた。本当にそんなに成長が早いものだろうか。

 あまりにみんなが真剣で、楽しそうだからである。責任重大。苗が育てば、ひとまず安心なのだが、ここは経験だけが頼りだ。無事育つようにあらゆる努力をしてみるつもりだ。まだ一日では発芽しない。当たり前か。今から心配しても仕方がない。


 水牛のわかばとは大分仲良くなった。水牛はなかなか頭が良い。人を見分ける。厳しい人には逆らわない。甘い人では働かない。歩く速度で分かる。怖いと歩きが早くなる。確かに速く歩いてくれなければ仕事には成らない。

 今回の写真は全部フェースブックのみんなの写真を勝手に頂いた。是非この石垣島田んぼの会の進行状況を皆さんにも知ってもらいたいと思ってのこと。6月に始まり、1ヶ月で、皆さんの伝統農業の復活への思いが一気に集中して、水牛の二〇年ぶりの耕耘が実現した。

 石垣島の農業力の高さはなかなかのものだ。私のような者が出しゃばることでも無かったのだ。ただ、「みんなで集まってやってみよう。」という言い出しっぺには向いているようだ。なんとしても田んぼの会を成功させて、石垣のイネ作りに貢献したいものだ。

 - 「ちいさな田んぼのイネづくり」