石垣島の農地貸借について

   



 どこの地域でも、農家になるためにはまず農地の確保が重要である。新規就農者にとってはこれが最大の関門になる。小田原周辺の状況については、随分と関わってきたので、だいたいのことは把握している。希望者に向いた農地が借りられるかについてもかなり詳しい人間だと思う。

 農家に成るためには、農林省などの広報している、表向きの要件も重要ではあるが、実際に生活をしてゆくための、背景となる条件も考えなければならない。例えば、養鶏をやりたいとすれば、建前では出来るとしても、騒音とか、匂いとか、色々な条件でまず出来ないと考えなければならない。

 それが稲作農家を始めたいとすれば、機械ををどのように準備できて、機械小屋はどうすれば良いか。お米の倉庫はどうなるのかなど、違った条件が必要である。野菜農家であればとか、果樹農家であればなど、それぞれの農業形態によって、就農の形も異なってくる。

 小田原周辺で新規就農を希望するのであれば、今でもそうした細々とした状況に応じた相談に乗ることが出来る。その上で、そういう希望であれば、この地域では不可能だとか。誰に相談すれば、判断が出来るとか。もう少し具体的な情報も相談できるかと思う。

 本来であれば、そうした相談ごとをするのが農業委員会や市町村の農政課のはずだ。しかし、実際に相談に行った経験では、90%ぐらいの行政が頼りにはならない。それどころか、たいていの場合いかにも面倒そうにしか対応してくれない。そのために、耕作放棄地が増えてきたという現実がある。

 私が就農した形は山を開墾して農地を作り出し、その土地を農地として認定して貰い新規就農した。当時の山北町ではそれくらいしか方法が無かった。今では小田原の農家である。就業日数を満たしているとかながわ西湘農協で先日計算して言われた。

 今回石垣島で水田農地を探してみて、石垣島らしい様々な状況が分かってきた。石垣島で農業をする気は無かった。技術指導はするから、その他の準備はしてくれたら協力すると言うつもりだった。ところが、始めて見ると田んぼが好きすぎるのだ。それで今も田んぼを探している。

 毎日田んぼにいないといられないほどおもしろい。今2期作の間だけ、緊急で使わせて貰っている。これで田んぼが無くなるというのはちょっと耐えがたい。急に探すことに本気になってきた。それで石垣島の農地事情が大分見えてきた。

 自分で探さないで見ていた間は、随分田んぼ向きの土地が荒れ地になっているから、徐々に放棄地が広がっていると判断していた。ところがこれは違っていた。4つほどの理由で耕作されていない田んぼがあると言うことだ。

 

 1番目は背景にあるのは、遊休農地は確かにあるが、こうした場所を調べてゆくと、簡単には解決できないような、複雑な事情がある。リゾート開発業者が農地の先行買いを進めた時代がある。30年も前からのことのようだ。

 石垣島のリゾート地化を予測した業者は、将来の農地が転用されるだろうと踏んで、農地所有者から仮登記の形で土地を購入してしまったのだ。そしてその農地を抵当に入れてしまう。こうしておけば、誰も簡単には手が付けられない状態になる。そしてこうした農地を、行政に圧力とお金を使い転用をさせる手法である。

 農地は本来農業者以外は購入が出来ないはずである。ところが、仮登記は誰にでも出来る。理由があって手放したい人にしてみれば、売れないはずの土地を買いたいという人が居るのだから、仮登記でも何でも現金を手にできれば良いと言うことになる。

 但し、農地の仮登記というものは永遠に効力があるものではなく、5年を過ぎると一般にはその効力を失う。仮登記をしている間に、仮登記者が農業者になると言うことが想定されて出来ている制度では無いかと思う。農業者で無ければ購入できないはずの農地だから、法的にはこういうことになる。

 しかし、売ってしまった地主にしてみれば、代金は全額を受け取っている場合もだから、法的には所有者ではあるが、所有者という意識はすでに無い。もう売ってしまったと思っている。だから、30年経ったいまになっても仮登記の抹消を裁判所に申請するというようなことは無い。

 何故そういう心理になるかと言えば、農地の先行買い占めを行うような業者というのは、多くの場合得体の知れない業者と言う場合が多い。当然であろう、正式でも無い方法で農地の買い占めを進めるのだ。仮登記の抹消申請でもしようものなら、怖いスジから何が起こるか分からないという不安感を与えている。

 もちろん様々ではあるが、その農地に抵当権を付けてしまうような手法を取るのだから、それなり対抗策は打っていると言うことだろう。こうなるとなかなか解決が出来ない。これを解決できる人が居るとすれば、行政である。

 農地の徳政令である。10年を超えた仮登記の農地を一斉に無効にする手段である。そんなことをやる日本国ではないので、これは期待できない。政府という権力には、実はこの尋常では無い買い占め
を行うような業者のお友達が多いようだ。もちろん多額の政治献金はしている。

 2番目にある遊休農地の状況は、所有者が石垣を離れてしまった農地である。石垣市には空き家がかなりある。これと農地も似たような事情と考えていいのだろう。空き家も近所が困るような崩壊住宅もある。石垣を出てしまい、出た親族も意識が石垣から離れてしまったのかもしれない。

 そうした農地は所有者がなかなか特定できない。もう30年以上が経過してくると、相続がされていない農地と言うことになる。こうした場合、どこの誰と交渉したら良いのかが分からないことになる。地主さんの息子さんが沖縄本島に居るらしいと言う噂だけの農地になる。

 3番目は水の問題である。近年水が減ってきているというのだ。水田だから、水が確保できなければ難しいことになる。水が来なく成ったために放棄されている農地がある。水が減ってしまったというより、水路が崩壊してきた事に原因していることがある。

 そうした田んぼを何カ所か調べてみたが、山の山林の状態は以前より密林化が進んだように見える。以前水があったと言うことだし、雨量は減少しているわけでは無い。ダムはいくつも出来たが、ダムの水系とは関係のまるで無いところで水が来なくなっている。

 水源林は自衛隊とゴルフ場用地以外では守られている感じだ。昔はそうした沢からの水しか無かったために、沢水を大切に瓦などを利用して水路を確保し、その管理維持をみんなゆいまーるでやっていた。ところが、今の石垣の水田の大多数は、土地改良整備事業で配管された水田になっている。

 そのために改良区では無い田んぼの水路管理は誰もしないことになったのだろう。欲しい沢水を大事に維持しながら耕作を続けている見事な水でもある。こうしたところは一人の方が、やられている水田がほとんどで、他の人が入ることは不可能なような状態である。その周囲が耕作されずに空いていると言うことがある。

 最後の4番目は、道が無い水田である。昔は歩いて傾斜地を登りその上で田んぼを作っていたらしい。今も道路が無いから、当然水田としては誰も使わなくなり、山に戻りつつある。こうした場所ではどうやって田んぼまでたどり着くかが問題になる。山に戻ったのであれば、それなりの役割を果たしているのだから、それで良いのかもしれない。

 さてどうするかについては、改めて書く。

 - 「ちいさな田んぼのイネづくり」